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【卒業生紹介】プロサッカー選手松本光平さん「海外でプロになる秘訣は直談判」

2019.11.26.TUE

松本光平さんは小学3年生からクーバーのスクールに通っていました。サッカー選手として、いろいろな国で活躍しています。

ご本人のプレー動画をご覧ください。
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オーバーラップからクロスボールをゴール前に送ったり、シュートしたり、攻撃的なプレーを得意としています。

いま、FIFAクラブワールドカップ2019(12月11日~22日)にオセアニア代表として出場するヤンゲン・スポート(ニューカレドニア)に所属しています。

本大会に出場する唯一の日本人選手なのですよ。

まずはクラブワールドカップでしっかりとがんばりたいです!!

松本さんのサッカー年表

1998年~ クーバー・コーチング・サッカースクール
2002年~ セレッソ大阪U15
2005年~ ガンバ大阪U18
2008年~ チェルシーFC Community(イングランド)
2012年~ ブリスベン・ロアーFC(オーストラリア)
2014年~ オークランド・シティーFC(ニュージーランド)
2015年~ ホークスベイ・ユナイテッド(ニュージーランド)
2017年~ レワFC(フィジー)※レンタル
2018年~ ワイタケレ・ユナイテッド(ニュージーランド)
2019年~ マランパ・リバイバーズFC(バヌアツ)※レンタル
2019年~ ハミルトン・ワンダラーズ(ニュージーランド)
→ヤンゲン・スポート

先日、一時帰国した際、スクール生時代、指導をうけた吉川啓太コーチといっしょに「スクール生時代の思い出」や「どのようにして海外でプロ選手になったのか?」を話してくれました。

吉川啓太コーチ

サッカーとの出会い

幼児のころからサッカーをはじめました。小学校では、部活でサッカーをやっていました。小3からクーバーにも入りました。家のちかくにあると聞きつけ、行ってみたのがきっかけです。
小学生のときから、ストイックで、意識高い系のサッカー選手でしたね。自宅からスクールまで、2.5キロくらいあったでしょうか? トレーニングの一環として、いつも走ってきていたんですよ。ほかの子は自転車や車の送迎で通ってくるものです。「こんな小学生いない!」と思いました。
そのおかげで体力がつきました。スクールでは、やったことない練習ばかりでした。ボールマスタリーやフェイントのそれぞれに名前がついていました。それをやってみて、覚えるのが、おもしろかったです。人工芝グラウンドでできるっていうのもよかったですね。
ボールタッチなど、一見、退屈な練習でも一生懸命取り組んでいました。教えたことを理解し、応用する能力が高かったです。
意識が高い一方、サッカー大好きなんだなと思わせるエピソードがあります。毎回、だれよりも早くグラウンドに来て、練習の準備を手伝ってくれました。「なぜ、やってくれるの?」と聞くと、「準備がはやく終われば、その分、ボールをける時間が長くなるから」と答えたことがあります。
練習後も「片付け手伝うから、もうちょっとやらせてくれ」と、毎回、懇願されました。グラウンドを使えるギリギリの時間まで、ボールを蹴っていたい一心だったようです。

中学・高校

中学生では、セレッソ大阪のジュニアユースチームに所属しました。当時は、ガンバ大阪が、とても強くて、密かにあこがれていたんです。実際、一度も勝てませんでした。セレッソのユースにも上がれたのですが、あきらめきれず、中学3年生のとき、ガンバの門をたたきました。最高成績は、クラブユース選手権で優勝2回でしたね。
コミュニケーション力の高さを中学3年生のときにも見ることができました。ガンバ大阪U18の入団テストは、U18チームの試合に、光平ふくめた3名の受験者が入り、プレーするというものでした。普通だったら、緊張するものです。しかし、まったく気負わず、笑顔で、普段通りのプレーをしていました。もちろん合格。まわりからは「絶対ムリ」と言われていただけにビックリしましたよ。

イングランド

高校卒業したら、プロ選手になりたいと思っていました。けど、ガンバ大阪のトップチームに昇格できなくて、「海外に行こう」と決めました。「イングランドのチームでテストやってるよ」と、先輩が教えてくれたんです。チェルシーFCの系列チームにはいりました。ただし、練習生という扱いで公式戦にはでられません。2年滞在し、帰国しました。

ニュージーランドでの挑戦

イングランドからの帰国後、国内外でプロ選手としての活路を探っていました。当時のエージェントがオークランドシティーFCに問い合わせて断られたのですが、「何となくいける気がする」と直感を信じてニュージーランドに直接乗り込みました。
到着当日にオークランドシティーFCの練習場に乗り込みました。しかし「ここは本当にチームの本拠地か?」と疑うほど、かなり小さなグラウンドで、練習どころか選手やスタッフも誰もおらず、チーム関係者に会うことすらできませんでした。
翌日、公園で自主トレをしていると遠くからオークランドシティーFCのジャージを着た男性がランニングをしてやってきました。
「もしかしてオークランドシティーFCの事を何か知っているかもしれない」と思い、その男性に話しかけたところ、まさかのオークランドシティーFCの監督だったんです。
すぐに事情を説明し「オークランドシティーFCに入るために日本からニュージーランドに来ました」「オークランドシティFCで入団テストを受けさせてください」と懇願したところ、あっさりと承諾され、練習場所と時間を言われその日の夜に練習参加し、三日後の練習試合後に契約する流れになりました。OFCカップでの優勝に貢献することができました。
2015年のアジアカップを控えたサッカー日本代表がオーストラリアで直前合宿をしたこともありました。

オークランドシティーvsサッカー日本代表の動画(JFATV/YouTube)

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動画中の背番号21番の選手が松本さんです。

ホークスベイ・ユナイテッドで活躍

2015年、ホークスベイ・ユナイテッド(ニュージーランド)に入団することになりました。そのシーズンをリーグ準優勝で終え、ベストイレブンにも選ばれました。

短期レンタル移籍 その1

2017年の年明けには、フィジーに短期レンタルも経験しました。フィジーは、フィジカルを全面に出したスタイルが特徴です。

ワイタケレ・ユナイテッドに移籍

2018年からは、ワイタケレ・ユナイテッド(ニュージーランド)に所属しました。

短期レンタル移籍 その2

シーズン途中に、マランパ・リバイバーズFC(バヌアツ)にレンタル移籍もしました。

現地に乗り込むチャレンジ精神

海外では、直接、乗り込んでいったらどうにかなりました。練習させてくれましたし、契約できたチームもあります。
断られても何度も行くんです。何度かやっていると、相手に熱が伝わり、受け入れてくれます。
小学生のころから変わらない長所は、だれに対しても気後れせず、自然体でいられるところでしょう。新入部員には、いち早く声をかけていました。とにかく、人と仲良くなるのがはやかったです。サッカーが上手な子を見つけると、年下であっても、「いっしょに1対1の勝負しよう」と積極的に挑んでいました。
もちろん、うまくいかなかったこともあります。外国人枠がうまっている場合もあきらめます。前もって、空きがあるかは、調べて行きます。空いているんだから、相手も断る理由はないはずです。「練習させてください。自分のプレーをみてください」と真摯にお願いをしています。
外国でも、あたらしい環境や仲間とも、どうにかうまくやっちゃえるのは、小学生時代から変わらない高いコミュニケーション力があるからだと思います。
茨木雄大コーチといっしょにボールを蹴っている様子

クーバー卒業生のみなさまへ

卒業生がいろいろなところで活躍している姿を見るのが、コーチたちのよろこびです。

「いま、どこに住んでいて、▲▲をやっている」
「〇〇をめざしている」
「××でなやんでいる」
などなど、近況を教えてくれるとうれしいです。

出身スクールのコーチに連絡をとってみてはいかがでしょうか?

スクール一覧から、おしえてもらったコーチが、いま、どのスクールにいるか、さがしてみてください。

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